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ひまど記

by ひらの みふみ

ひまな時に書くからこそ、ひまど記。ひまじゃなくても書いている、ひまど記。ひらのみふみなりに、なんでもありの、ひまど記。

テンション高かろうが低かろうが、関係なし。思いつくままに書いて、勢いのままに投稿。

はじめましての方は、左側の列にあるプロフィールをまずどうぞ。

ついったー



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ひらの みふみ

書き手 : ひらの みふみ
ホームページはこちら 

いつも気まぐれ。どこまでも暴走中。
とりえは明るさと言い張る、
11月15日生まれの、28歳O型関西人。
自他共に認める変人。

好きなものは、
空、ひらがな、いちご。
ランニングや、ピアノも少々。

高校2年の時に初めてHPを作る。
『ひまど記』はその時にスタート。
その後、めもらいず消滅の
巻き添えを食らって休止したり、
エキサイトブログで復活したり、
引っ越ししたりして、現在に至る。
ちなみに社会人1年生。

関西人は、
「ボケ人間」「ツッコミ人間」が
半々くらいらしいですが、
友人曰く、ひらのみふみは
ボケでもツッコミでもなく、
「存在自体がネタ」なんだそうです。


いろんなことをだらだらっと
つれづれっと書いてますが、
「へー、世の中には、こんな風に
ものごと考える奴もいるんやなー」
と思っていただければ
うれしいです。


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大学・大学院に大気化学を専攻し、現在も大気環境にかかわる仕事をしているひらのが、
PM2.5や光化学スモッグをはじめとした大気汚染問題・越境汚染問題について
他の方々にも正しく知って、正しく怖がってほしいと思い、この度、
「大気汚染問題ネタ」というカテゴリを用意しました。
質問・感想などありましたら、左側のメニューにあるメッセージフォームをご利用ください。


人の気持ちについて

Category : ついてづくし  2006/08/18 01:21
人の気持ち、って、本当に難しいと思う。  
   
世界中の誰一人として、
他の誰かと同じ人生を生きている人はいない。
たとえ双子の兄弟姉妹だろうと、
自分自身にそっくりな誰かがいる方向に向こうとするには、
右と左とで、向く方向が違うはずだ。

だから、誰一人として、
自分自身と全く同じ経験をしてきた人はいない。

経験、これまでの生い立ちは、人をつくる。
だから、誰一人として、全く同じ経験をしてきた人はいないのだから、
自分自身と全く同じ人はいない。

その人をつくるものが違う。
だからこそ、いろんな考えが生まれるわけで、
だからこそ、いろんな思いが生まれるわけで、
だからこそ、いろんな考えがぶつかり、
思いはすれ違い、傷つけあう。

自分自身と全く同じ人はいない、
誰かさんと全く同じ人だっていない、
それぞれが、それぞれに唯一の存在。

地球上に65億もの人がいるのなら、
65億通りの生い立ちがあって、
65億通りの考え方があって、
65億通りの思いの生まれ方、
65億通りの気持ちの生まれ方がある。
それは、人生の時々において変わっていくらしい、
手と手に刻まれた、指紋のようなもの。

だから、
誰かと全く同じ気持ちを持つことはできない。
だいたい同じような気持ちは持つことができたとしても。

たとえば、
誰かが死んで、
「悲しい」と思うことだって、
死んだ人に対する想いは家族、親戚、友人、先輩、後輩、
いろんな人によって違うはず。
みんなそれぞれに違う思考回路を経て、
「悲しい」という感情にたどりつく。

だからこそ、
誰かの気持ちを大切に思いたい。
ひとつひとつの思いは、
そのひとつひとつの思いに込められたただひとつの道を通って、
生まれてきたと思うから。

ただ、逆に、
ひとつひとつの思いが違うからこそ、
ひとつひとつの思いを大切にしたいからこそ、
その思いに対して、どうすればいいのか、
わからなくなることがある。

極端な話で言うならば、
あなたの親友が、今、あなたの目の前で、包丁を手首にあて、
「自殺したい」と言ったとしよう。
そして、あなたは、
「どうして自殺なんてしようとするの?」
と聞いたとしよう。
そして親友が、その理由を教えてくれたとしよう。

聞いた理由を、あなたはなんと思うだろうか。
「どうしてそんな風に考えるの?」と聞くだろうか。

どうしてそんな風に考えるのか、
たとえ親友が教えてくれたとしても、
それをあなたは理解することができるだろうか。

確かにそういう考え方もある、
なぜなら、この人はこの人なりの生い立ちの中で、つくられて、
こういう考え方をするようになったのだ、
しかし、そこで、今、
自分自身はどうすることができるのだろうか?

どうしてその人がそんな風に考えるのか、
完全に理解することは到底無理な話だ、
だからこそ、自分と違う考え方、自分とは違う思い、
それから学びたいと思うし、
そういった考え方や思いを尊重したいと思う、
認めたいと思う。

ただ、
その考え方、思いを、
こうしてみたらどうだろう、
こう考えてみたらどうだろう、
と、導くことに怯えている。
その人の、その人となりを、
否定してしまうような気がして。

悩む人がいても、
悩みに共感することまでできても、
そこから手をさしのべる、
その方法がわからない。

どうすれば、
その人を救えるのかが、わからない。


人の気持ちは難しいと思う。

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